「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

「おかあさん、かわいい」お棺の奥様へ

今週のお題「元気を出す方法」

 元気が無い時、元気を出すために自ら何かに働きかけるのはしんどい。

 最近ふっと顔がほころんだり、心が和んだりする出来事を思い出す事があって、この仕事が嫌だとは思わない。

 斎場前に霊柩車が到着し、故人の棺と遺族が降車する。

 毛糸の帽子をかぶり、両手に毛糸の手袋をはめた小柄な高齢男性が「よいしょ、よいしょ」と降車し、前のめるように両手を前後に振って小刻みに歩いて告別室に入る。椅子に腰かけるまで転倒しないか気になって見ていた。

 炉前で棺の蓋を開けて遺族は故人に最後のお別れをする。

 故人が90代の女性で、その男性はご主人と思われた。

 お別れを促されてその男性は小刻みに歩いて棺に近づき、棺の端に毛糸の手袋をはめた両手をかけて背中を伸ばし、棺の中を覗き込んで言った。

「おかあさん、かわいい!」

 その一言で一気に場の空気が和んだ。

「おかあさん、おかあさん、天国で会おうね」

 綺麗に化粧され、周囲を花で埋め尽くされた奥様は最後までこの方に愛されて幸せだったなと思った。

 火葬後、私は収骨を担当することになり、今度はどんな言葉が聞けるか楽しみだったが、その男性はいくつか収骨した後は、収骨台車の手すりにつかまって黙って見ていた。 

 収骨が終わって私が骨壺を包んでいる間、その男性はソファーに座り遺族と話していた。

「足が無かったのぉ。長く施設に入っとったらあんなになるんかのぉ」

 確かに、故人様は両足共脆くなっていたようで、火葬をするとあまりお骨の形が残っていなかった。

 長く離れて暮らしていたのだろう。

 コロナ禍の数年間は施設での面会が出来なかった時期もあっただろう。

 斎場を後にする丸い後ろ背の上に毛糸の三角帽子がちょこんと見えて、小股で両手を前後に振って歩いて行く姿を見えなくなるまで見送った。