嬉しいことがあった。
葬儀社アシスタントの中に、自身から希望してその職についたTCさんがいる。
私が今の仕事の駆け出しだった頃に担当した遺族の中にTCさんがいた。
その後数年して今の斎場に移り、担当した遺族の中にまたTCさんがいた。
収骨が終わって挨拶をした時に目の前に来て、
「私の事、覚えてますか?」と私の目をじっと見る。
思い出した。
あの時収骨壺に収めて残ったお骨を持ち帰りたいと、手持ちの袋一杯に持ち帰られて、とても印象に残っていた。
私「たくさんお持ち帰りになりましたが、その後大丈夫でしたか?」
TCさん「あの時はありがとうございました。お陰で悔いが残らなくて良かったです」
あの日、他の遺族が帰られた後も、斎場の出口で見送っていた葬儀社アシスタントと長く立ち話をしていた。
後から聞いたのだが、「どうしたらその仕事に就けるのか」と尋ねて、そのアシスタントと同じ事務所を紹介してもらったとの事だった。
偶然だがTCさんは私の母の葬儀をお願いした葬儀社に所属しておられ、会館で会った。
あれから数か月経ち、斎場のロビーで少し話す機会があった。
TCさん「葬家の立場を経験して、何か変わりましたか?」
私 「変わりました」
より丁寧に、と心掛けるようになったこと。
葬家の立場では職員のちょっとした雑な振る舞いを敏感に感じてしまうこと。例えば目線、言葉尻、お辞儀をして顔を上げた時の一瞬の動作等。
私 「今これを話して、改めて初心に返って丁寧にしなくちゃと思います」と。
TCさん「斎場に来て、天然さんに担当してもらった葬家は『ラッキーだったね』って思います。私にとっては天然さんは特別な人なんで。言葉にして伝えないと分からないと思うから、言います」と、また私の目をじっと見て言った。
嬉しかった。
そんな風に伝えて貰えるって、有難い。
私が他者にどう映るのか、どう思われているのかは気にかかるから。
今のやり方で間違ってないと思える。
モチベーションが上がる。
もっと、いい仕事をしなくてはと思う。
言葉の力って、すごい。
伝える事は大事だ。
逆に、言わない方がいいことだって、ある。
別の葬儀社のアシスタントをしているTNさんに、
「受付にいるMさんはここの上の人?」と尋ねられた。
聞くと、「怒られた」と言う。
1週間位前、収骨の途中で葬家から分骨の希望があり、収骨室の外に待機していたTNさんに分骨壺の準備をお願いした時の事だった。
TNさんは葬家の葬儀担当者に連絡と取ろうと葬儀社に電話をかけたが、担当者が別の仕事の為に話が出来ず、困っていた。そのずっと前にTNさんは「他葬儀社は斎場に予備の分骨壺を置いているので、当社も置いてはどうか?」と進言していた。その時「そうだね」という話になったがその後置いたのかどうかを確かめたかったのだと言う。暫くの間電話をかけてはオロオロしていたので、とりあえず斎場の倉庫へ予備の分骨壺を置いてあるかどうか見に行くようお願いすると、「あった」と壺を持って来られた。
無事分骨を終えて葬家を見送り、TNさんは収骨室で片付けをする私の所に来て
「ご迷惑をおかけしました」と何度も深々と頭を下げた。
多分、受付にも同じように謝ったに違いない。その時受付のMさんに、
「アシスタントならもっと段取り良くしないと」と怒られて、葬儀社に戻って報告したそうだ。
私はその時「そんなに気にされなくて大丈夫です」とTNさんに伝えた。受付にひどく言われていたとは知らなかった。その一週間後に「・・・上の人?」と尋ねられるまでは。
一週間経って私はすっかり忘れていたのに、TNさんはずっと気に病んでいたということだ。
私は受付とは会社が違うので、私は私の職場の上司に話をしてから・・と思っていたのだが、上司が忙しすぎて会う事も話をする事も出来ずに日にちばかりが過ぎ、仕方なく受付の会社の施設長に直接話した。
「何をしてほしいと言うことでもなく、報告です。」と伝えた。
施設長によると、この件に限らずMさんに「怒られた」という業者も男女を問わずいるらしい。
「もう・・ねぇ・・」と施設長も困り顔だ。還暦をとうに過ぎて、今いる職場の誰よりも年上で人生経験豊かで自信に満ちているMさんに、誰も何も言えない。
Mさんは今年入職したばかりだが、自分にも他人にも厳しくきっちり仕事をしたい人のようだ。
「また何かあったら知らせてください」と施設長には言われたが、施設長も辛い立場だ。
口から出た言葉は取り消せない。
良い事なら差し支えないだろうが、苦言を呈するような場合は特に配慮が必要だ。
しかもアシスタントのTNさんと受付のMさんとは、挨拶程度で雑談もしたことはない間柄のはずなのに、いきなり文句を言われたらいい気はしないだろう。逆の立場に立って考えてみれば分かるだろうが、それをしないからこんな事になる。
他人事でなく、私も気を付けようと思った出来事だった。