「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

飛べないカブトムシ

 火葬棟事務所の窓の外に郵便受け渡し用の木箱がある。

 お盆を過ぎたある日、立派な角を持った体調6㎝位のカブトムシがその箱の上を歩いていた。

 事務所の皆で「こんな所に」と言いながら眺めていた。

 いつまでも居るので不思議だった。

 近くでよく見ると、硬い羽根の中の薄い羽根が綺麗に畳まれていない事が分かった。

 時々硬い羽根を広げるが、上手く羽ばたけない様子だった。

 箱から落ちてひっくり返っていたので木箱の上に戻したが、昼が近くなって日が当たってきたので、浦山の土手の木にとまらせてあげることにした。

 少し時間が経って見に行くと木から落ちて土手の傾斜で転がっていた。

 もう少し傾斜の緩やかな土手の、引っかかりの多い木にとまらせた。

 前足がもつれて絡まるらしく、思うように動かせない。

 時間を置いて何度も見に行く。

 誰かが言った。

「かわいそうにね。人間なら誰かが助けてあげるのに、虫は独りで生きていくしかないよね。残念だけど、このカブトムシはもう生きられんだろうね」

 その日の夕方、帰り際には木の陰でじっとしていた。

 翌朝出勤してすぐ見に行くと、木から離れ、土手の草に掴まるようにして動かなかった。

 暫くして見に行ってもその姿のままだった。

 それ以後は見に行く事が出来なかった。見に行く気になれなかった。

 これだけ毎日亡くなった人の火葬に関わっていても、虫のこんな姿を見ると何とかしてあげたいと思ってしまう、その気持ちはまだ麻痺してはいない自分にホッとした。