「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

忘れられない息子との買い物

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 忘れたくて、忘れられなくて、夢に出て来て辛い出来事がある。

 ここに表出する事で、心の重荷を下ろしたい。

 それはもう10年近く前、息子は小学生だった。

 ベイブレードが流行っていて、駒はもちろん、小物もいつの間にか増え、誕生日には自宅で遊べるスタジアムまで購入した。県内である大会に出たいと言い、父親が連れて行って賞を取って帰ってきた時には驚いた。

 小学生の息子に、お金を持たせていなかった。

 箱に入っている駒は、買う時にはその中身が分からない仕組みになっている。それでも新しい駒が欲しい息子は、色んな店を見て回り、箱を振って音を聞き、お目当ての駒を探した。そして私に、あの店の、あそこにある、あの駒が欲しいと言った。

 そして私はその店に息子と一緒に行った。息子はその箱を手に取り、振って音を聞き、「コレ!」と言った。

 レジカウンターには若い男性スタッフが2人いて、一人がその商品を受け取り、何故かカウンターの中に一旦見えなくした。他の物に替えたように見えた。盗難防止機器を外したものを息子に手渡した。その様子をじっと見ていた息子はそのスタッフに「同じものですか?」と尋ね、彼はそうだと答えた。

 その間、私はもう一人のスタッフに購入の為の会員カードを案内され、支払いを済ませた。

 店を出て、息子はその箱を振り、「なんか、違う気がする」と言った。中身を確かめたいと言い、箱を開けてもいいかと私に尋ねた。そして箱の端を少し開けて中身をのぞき、「これ違う・・」と言った。

 その時、私は、もう箱を開けたから、替えられないと息子に言い、「帰るよ」と自転車に乗った。

 帰る道で後ろを振り返ると、両目に涙をいっぱいに溜めて自転車をこいで付いてくる息子の姿があった。

 

 たかが700円くらいのおもちゃだった。

 店に戻ればよかった。

 あの時のスタッフの動きを私も見ていた。

「替えないで」と言えばよかった。

 もうひとつ買ってあげても良かったのに。

 息子があんなに研究して、探し歩いて、見定めて、決めたのに。

 

 あの日の後悔が、こんなにも自分の中に残るとは思っていなかった。

 何年も経って、ベイブレードの話題が出た時、息子にあれからずっと気にかかっている事を伝えた。

「あれも使ったよ」と息子は言った。

 その言葉に少し救われた気がした。

 救われた気がしてからまた何年も経っているのに、いまだに私の心には重く引っかかっている。

 子育てする間、色んな事が起こって、もっと大変な事だってたくさんあったはずなのに、この事だけは歯がゆく自分で自分を責め続けてしまっている。