「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る元介護職兼介護支援専門員の日常

息子の就職 終盤

 高専専攻科2年の息子は現在就職戦線終盤に差し掛かっている。

 企業への就職ならそう時間はかからないのだろうが、公務員を目指す息子は5月から始まり、8月半ばを過ぎた現在もまだ決まらない。

 というか、決めてない。

 第一希望は地元市役所。

 でも、国、県も受験している。

 そして一番手で県職員の合格発表があり、「受かったー」と喜びのラインが仕事中に届いていた。

 そしてその次の日、国家試験の合格発表があったはずなのに、息子から連絡は無かった。

 夜帰宅して尋ねると「断った」と言う。

 

 国土交通省から電話で合格を伝えられ「来てもらえますか?」と尋ねられたが断ったのだそうだ。

「何で?」と尋ねた私に、息子はキレた。

息子「何でそんなに上に行かせたがるんか分からん。俺だって迷ったし悩んだのに、いかにも選択間違えたような言い方されるんが腹立つ」

私 「で?」

息子「で? って何? まだ何かあるんか?」

私「迷ったのに断ったのは、何か決め手になった物があったんじゃろ?」

 本科5年で国交省に就職した同級生が、わが県から対角の遠い県へ配属されたのを、息子は「飛ばされた」と言った。その配属先がまず、息子にとっては嫌だったのだ。

 その同級生が上司と上手くいかずに配置転換してもらったが、その後も忙しく人間関係も必ずしも良くは無く辛い思いをしている事を、学校の先生が心配しておられたり、他の同級生から話を聞いて、あまり良いイメージを持たなかったようだ。

「そうなん、それは嫌だね」

 私のこの一言で、一気に空気が変わった。

「俺もちょっとキレてしまって悪かった」と言い、それから息子は色々話してくれた。

 県庁に勤めている同級生は、本人がかなり天然な所もあるが、周囲の職員さんがいい人達だから続いてると言うから、そちらの方が、印象は良い。

 そういう情報って、大事だ。

「県は最終的に採用が決まるのは10月というのも助かった。

 市の結果を見て考えられる。

 県が一番、市に帰って来れ易いし」とも言っている。

「でも国が一番丁寧だった。

 国土交通省地方整備局と防衛省を選択出来て、自分は整備局を希望していた」とも言った。

「でも、県は間で一回、電話をくれたけど、国も市もそれは無い」と言う。

 内定通知まで不安を抱える学生にとって、その電話一本の効果は大きいようだ。

 冷静に分析している。

 高専入学直後から今も研究室でお世話になっている先生が、他高専から奥さんの出産を機に地元であるこの地の高専に来たという話を聞いて、自分もいつか、今とは状況や考えが変わる日が来るかもしれない事を、柔軟に考えられるようになってきている。

 言葉の少ない息子を理解するのは難しい。

 でも、必要な時にはきちんと話して欲しいし、今回こんな風に気持ちを言葉で伝えてくれて嬉しかった。本当はもっと早く、息子が一人で悩んでいる時に話すべきだったのではとも思ったが、いや、黙ってて良かったか。

 来週、市職員3次試験を受けに行く。

 これで、決まる。

 息子がどちらに決めても、私はステーキでお祝いしようと決めている。