「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

生きる為必要に迫られた自由研究

今週のお題「自由研究」 

 高専専攻科2年の息子は、学生最後の夏休み。

 我が家は家に居る者がご飯を作る。

 夕方学校から、又は仕事から早く帰った者が米を研ぎ、冷蔵庫の中にあるものでおかずを考える。

 息子が夏休みになり、自宅で過ごすようになった。

 平日5日ほぼ規則正しい勤務をしている私は、夕方職場を出る時にラインで帰るコールをし、帰り着く時間に合わせて食事が出来ている。

 息子が作る夕飯は、炊飯器にご飯を炊くのと、一品料理。

 クックパッド先生を頼っているようだ。

 ある日、息子が言った。

「もう限界。思いつく料理がない。毎日ご飯作る主婦すげえ。母さんに感謝」

 世の中の主婦の皆様に聞かせてあげたい。

 すげえって。

 感謝された。

 

 長い期間を経て、我が家はこういうスタイルになった。

 子供達が小学生の頃から私は家計の為に働きに出るようになり、主人が台所に立つ事が増えた。

 私が不在の時でも、冷蔵庫の中身は変わらず、食品が入っている。

 例えば、焼きそばの材料、袋麵、生肉、生野菜、ソースがあり、自分が食べる為には切って炒めて味付けしなくてはならない。

 家族の誰かが帰ってくるなら、その人数分も一緒に作る。

 家族各々が各々の時間で動きながら、お互いの動きを把握している。

 最初子供達は、米を研いで炊飯器の目盛りまで水を入れ、蓋をしてスイッチポンする事から始まった。

 ご飯が炊けたら、お腹がすいても子供達だけでも、炊き立てご飯にふりかけやお茶漬けで空腹を凌げる。

 インスタントの味噌汁も最近は種類が豊富で常備している。

 少しずつ、作る事を覚え、肉を焼き、塩コショウをかける。

 そんな簡単な料理も、仕事から疲れて帰ってふるまわれたら感激する。玄関を開けて美味しい臭いが嬉しい。

 アルバイトをして自由にお金を使うようになってから、息子は買い物にも行くようになった。

 私が毎回感激するからか、息子は腕を上げ、ポトフや特製カレーが出てくるようになった。

 私はますます感激し、夕食を楽しみにするようになった。

 今年になって私が急に2週間入院した時も、ご飯の心配は無用で、私が教えたのは洗濯機の使い方だった。

 最近「この料理どう?」と聞かれて「美味しい」としか私が答えないので、

「もっと何か答えてほしい」と言われる。

 美味しいもん。

 口に合うように作ってくれてる。

 逆に私の料理に

「味が濃い。俺の料理にもこれくらい言ってほしい」と言われた。

 料理って、口の前に、心で食べるものなんだと思う。

 でも、シンクには鍋やまな板、菜箸、ざる、お玉、・・・

 これだけ使って頑張って作ってくれたのねと分かる洗い物が山積みになっていて、さて何から洗おうか・・となる。

 それはまだ私の役割。

 息子が「もう限界」と言った日、私が

「明日はラーメン食べに行こう。ご飯作らなくていいよ」と言うと、息子は少し嬉しそうな、ほっとしたような、申し訳ないような、複雑な表情で頷いた。