「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

コントのような夜勤

 今月5回目の夜勤の日。朝までに片づけたい事務仕事をリストアップしてパソコンに貼り、「入居者の皆さんよく寝て下さいますように」と祈っていた。

 88歳のだてさんは朝から不穏でトイレを探してフロア内を歩き回ると引継ぎを受けていた。最近多いので、気持ちを落ち着かせる薬が処方されて数日服用し続けたが効果がない。

 夕食後もトイレが頻回で、「おしっこ出そうなのに出ない」と言う。そりゃそうでしょう。さっきのトイレから10分も経ってない。でも認知症のだてさんは10分前そのトイレに座ったことを覚えていない。

 トイレに座り、「閉めちゃいやだよ」と言う為、戸を開けたままにする。

 自室のベッドに寝ても、「閉じ込めちゃいやだよ。開けといておくれよ」と言う為、ベッドからフロアで仕事する私の姿が見えるようにした。

 だてさんはトイレに行く度、帰る自分の部屋が分からなくなる為、トイレに行く時に居室の扉を開けておく。それでも他者が寝ている部屋を開けてしまう。隣のツ子さんの部屋の扉を開けてしまった。その時ツ子さんは眠っているように見えたのだが、少ししてセンサーコールが鳴った。

ツ子さん:「今、近所のおばさんが来たから気になって。」

私:「夢見た?」

ツ子さん:「いや、夢じゃない。ホントに来たんよ。すぐ帰って行ったから物も言わんかったけど。」

 そこまで聞いて、だてさんの事かなと思った。認知症のツ子さんに時々ある妄想や幻覚ではなさそうだ。

私:「それはいけんかったね。ごめんね、鍵かけとこうか?」

ツ子さん:「いや、ええよ。知らん人じゃない、近所のおばさんじゃから。」

 そう言ってツ子さんはまた横になった。

 ・・・・近所のおばさん? 確かに隣室の住人だけど、そういう認識?・・・

 

 疲れているはずなのにその後もだてさんは眠れず何度も部屋から出て来た。

 トイレに座ると、立って出口が分からなくなる。出口と反対の「出口ではありません」と張り紙している扉を開けて用具入れを通過し、もう一つのトイレを通って反対側の廊下に出てきて、「こっちから出て来たぞ」と笑ってみせた。

 ちょうどその様子を見ていたのは最近入所したとふさん。いつも行っているトイレの「出口ではありません」という扉の奥に何があるのか気になっていた様子だった。少し前にたまたま目が覚めてトイレに行ったものの、その後も眠れずフロアにいたとふさん、

「お!?」

 そう言うと、とふさんはタタタタとだてさんが出て来たトイレに入り、だてさんが入った側のトイレの扉からひょっこり顔を覗かせた。私と目が合うとニーッと笑い、タタタタと私の方に小走りに来た。

・・・・子供か! 今絶対トイレに行きたいんじゃなかったよね?・・・・

 とふさんの手を取り、自室のベッドに寝かせて「おやすみなさい」と布団をかけると、手を振って私を見送ってくれた。

 机に戻ると、それまで「すっかり目が覚めちゃった」と、傍に座っていただてさんが自室に入っていた。自分で戸を閉めている。寝る気になったか。

 やれやれ・・・と、事務仕事を始めようとすると、眼鏡が無い。

 机の周りを探しても見当たらない。

 だてさんの部屋の扉をそーっと開けると、私の眼鏡をかけただてさんが、こちらを向いてベッドで横になり、布団をかけて寝ようとしている。思わず笑ってしまった。

「私の眼鏡返して。」・・・・かわいいんだけど・・・・

 

 結局、すぐに朝は来た。リストアップした事務仕事のほとんどが、手付かずのまま残った。

 

 40歳を過ぎてハローワークに通っていた時、その壁に掲示してあった「基金訓練 介護職員基礎研修」の張り紙を見て、自分にも申し込み出来るかと窓口の職員に尋ねたのが、介護との出会いだった。その時「介護は専門職だから」と言われたのを、今でも覚えている。その制度は知るほどに複雑で、業務は関わるほどに奥が深い。

 半年の研修を終え、その仕事を探しに再びハローワークに通った際の窓口の男性は、

「夜勤とかあって大変だけど、大丈夫ですか? 僕はこっちの方がいいですけど。」

 なんて、ハローワークの仕事を言っていた。・・・・そうでしょうね・・・・

 仕事を始めるには遅く、年を取りすぎていた。トップスピードで上がって行きたいと思い、介護の仕事に就いて3年で介護福祉士の資格を、5年で介護支援専門員の資格を取った。そしてケアマネジャーの仕事を始めてみると、圧倒的に経験不足を感じている。一度は居宅支援事業所に勤め事務だけをしてみたが、今は施設で介護しながら家族との関係を取り持ち支援計画を作り、入居者の状態に応じて家族と連携を取りながら見直す仕事をしている。

 「迷い」と「決断」

 常に「迷い」はある。

 自分の作った計画書は残る。間違った事をしていないか、自分はふさわしいか。

 そして自分自身の健康不安もある。割り当て通りに人員がいれば、こんなにも激務にならないし、入居者にも職員とももっと密に丁寧に関わりたい。こんなにも皆の心がすさむ事も無いだろう。

 今、この仕事を辞められない。これが今の「決断」ではあるけれど、この先どれだけ頑張れるか、正直自分でも分からない。

 

 コントのような夜勤や、入居者がその時にしか見せない表情を見られるのは介護職の醍醐味で、現場に居ながらケアマネ資格が生かせる仕事が出来る事には感謝している。

 でも、毎日くたくたで、意識を失うように眠る。こんな状態でいいはずがない。