90代後半の男性入居者の退居に伴い、次に入居したのは101歳女性りきさん。要介護2。
同居の娘様は79歳。「私ももう腰や膝が痛くて」と言われる。
デイサービスやショートステイを利用しながら入居施設の空きを待っていた。
よくここまで居宅で頑張ってこられたものだ。同居の介護者家族のご苦労は計り知れない。
歩行器をレンタルしておられたが、入居に伴い月々の介護保険料全額を施設利用料に使う為、レンタルを解約して施設にあるシルバーカーを使い始めた。以前退居した入居者の家族が寄付して下さったものだ。りきさんはすぐにこのシルバーカーを使い慣れ、前の籠、後ろの籠に私物を入れてフロア内を歩き回る。椅子やベッドに座るといつの間にか疲れて座ったまま眠る。横になるよう声をかけると目を覚ましまた動き出してしまう。転倒防止の為歩く時は職員が付き添う。おしゃべりは好きなようだがなにせ耳が遠いので、こちらの言う事は聞こえず一方的に話し続ける。小さめのホワイトボードを用意しており、こちらが書いた字を理解することは出来る。喋るのに飽きたり相手が居ないと立ち上がり動き始めるので、目も手も離せず職員を一人とられてしまう。
食事は半分位食べる。
お菓子大好き。
特に飴。
それを知っている娘様は入居時に買い物袋いっぱいに菓子や飴を持って来た。
施設では水分は定期的にお茶、コーヒー、紅茶、カルピス、スポーツドリンク等提供するが、菓子類は午後3時のおやつの時間にしか提供していない。特に飴や餅、豆等は喉に詰まらせる危険性がある為、これまで提供して来なかった。しかしりきさんは度々欲しがり家に帰りたいと昼夜を問わず落ち着かない。
私が遅番だった日、寝る前に飴が欲しいとりきさんは言った。
1個あげるとすぐに口に入れ「3個頂戴」と言った。
目の前に個包装のまま2つ置くと満足そうに目を閉じもぐもぐしながら味わっている。
私は目の前の2個を瞬時に隠した。忘れてほしかった。
りきさんは目を閉じたまま暫く静かに味わっていた。
このままフロア席で寝てしまいそうだったので、夜勤者が声をかけて居室へ誘導した。本当に眠い様子でシルバーカーを押し居室へ歩いて行きながら、
りきさん「あれ? 飴ちゃんは?」・・・覚えてる!
夜勤者 「飴? お口に入ってるね」
りきさん「あれ?・・さっき3個貰ったのに・・あぁ飴ちゃん・・」
そう言いながら夜勤者に伴われ居室へ消えて行った。
・・・りきさん、かわいい・・・
しかし翌朝出勤してみると、夜間1時間毎にトイレに行った記録が残っている。センサーコールが頻回で起きたり喋ったり歩いたり。夜勤泣かせだ。
娘様に電話で尋ねた。菓子も飴も本人が欲しがれば食べさせていいと言われたので、一口分が小さいものを、とお願いした。
記録に残し職員間の申し送りでも家族の意向として申し送った。
それでもなかなか職員の方が抵抗があって、何だかんだと理由をつけて飴を与えようとしなかった。誤嚥の恐ろしさを嫌と言う程思い知っているせいだ。
コロナ前は毎日でも家族に面会に来て貰いフロアや居室で過ごしたり、食事やドライブ等家族との外出を推奨していた。特に入居から30日は利用料に加算が付き、入居者、職員双方が慣れる為の様子観察強化期間となっており、家族にも施設での入居者の生活の様子を見てもらい、周囲の入居者や、偶然居合わせた他の家族とも接する機会があったりして、職員ともいつでも話せて共通理解が出来ていた。
ところがコロナになってからは入居時と退居時しか立ち入れない。
面会は解禁されたとはいえガラス扉を挟んで声が聞こえないので、すぐそこに居るのに電話で話したりする。説明して理解出来る入居者もいるが、ガラス扉を開けろと興奮する場合もあり、面会自体を諦めざるを得ないこともある。
数日経ってフロアから少し離れた洗面所で昼食後の歯磨きを終えた時だった。
りきさん「あんただからお願いするんだけど、飴ちゃんくれん?」
私 「1個だけね」 そして1個袋を開けてりきさんの手のひらに乗せた。
りきさん「わぁ、久しぶり! これこれ」
また目を閉じて味わっていた。
数日前、私が目の前から瞬時に隠してりきさんの名前を書いたあの飴がそのままキッチンカウンターに置いてあった。りきさんはあれから1つも貰えなかったのだ。私は見守りを兼ねて・・というより満足そうに味わう顔に暫く見入ってしまった。
どんな精神安定剤よりも、これが効くような気がする。
本人は辛いだろう。
家族は食べていいと言った。
それを私は確かに申し送った。それを聞いた上でも職員には責任がある。
全部、分かる。
介護って、難しい。