「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

暴言を受け流す技

お題「わたしの仕事場」

 私より3か月先に入社したH先輩と、私より1ヵ月後に入社したT氏は20代前半の高校の同級生同士。私が入社した時には、H先輩は他先輩方と同じにバリバリ仕事をしていた。私やT氏に対しても惜し気なく教えてくれるし声もかけ易い。

 ある日の午後、そのH先輩が「頭が痛い」と元気が無い。

 収骨は毎回一人で担当するのだが、直前の収骨で遺族に言われた事がショックで塞いでいた。

「箸の持ち方がなってない。それでよくこの仕事に採用されたな」

「顔の骨が何で半分しか無いんか」

 ・・・

 色々言われたと聞いてゾッとした。

 その時は収骨を終えて遺族の見送りまでいつも通りの様子に見えたので、そんな事があったとは誰も思っていなかった。逆に、そんな事があっても、何事もなかったかのように収骨を終えて遺族を見送る彼のプロ意識の高さをすごいと思った。私なら涙ものだ。

 その日の最後の収骨はH先輩の順番だったが私が担当する事にした。そう決まった時は黙っていたH先輩だが「いや、俺が行きます」と意を決したように言った。高校時代からずっと友達のT氏は「このまま終わらせたくないんだろ」と言い、H先輩は無言で収骨の準備に取り掛かった。

 最後の収骨がどうだったのか、誰も尋ねなかったしH先輩も何も言わなかった。

 そしてその日の終礼が終わるとH先輩はさっさと帰って行った。

 副主任に、どう対処すべきなのかと尋ねてみた。今日はたまたまH先輩が嫌な思いをしたけど、私だってどんな遺族に遭遇するか分からない。

 色んな遺族がいる。

 色々言われる事がある。

 角が立たないよう受け流して収骨を進めなければならない。

 

 翌日、H先輩がいつも通りに出勤して来てホッとした。

 T氏が「昨日、凹んでるかなーと思って好きそうなキャラクターの色違いをあげた」と言った。共通の好きなゲームがあるらしい。気を遣っている。

 前日公休で事の次第を知らない責任者が、朝礼で「今日火葬当番やりたいひと!」と募ると「はい!」と瞬時にH先輩が手を挙げた。前日の事を知る誰もが頷いた。昨日の今日で接客をしたくはないだろう。H先輩はその日全ての火葬を担当した。

 その日最後の収骨をするよう私が指名された。T氏は私の補助に入るようにと責任者に言われ、私にどんな補助をして欲しいかと聞いてきたので

「昨日みたいに暴言を言われたら睨んでください(笑)」と小声で返すと、傍にいた責任者が

「なに? 昨日何か言われたんか⁉ 誰が?」皆の視線がH先輩に集まる。

 H先輩は

「いや、別に、何もないです」と言おうとしなかったが、私は責任者にも知っておいて欲しいと思った。

 いつもは朝礼で責任者がその日の当番を決めるし、収骨も一人体制なのに、今日に限っていつもと違う対応なので、責任者も昨日の事を誰かから伝え聞いて知らぬふりをしているのかと勘繰ったが、偶然だった。やはり神様は居ると思う・・いや、ここは仏様か・・

 現在私は火葬業務を習って独り立ちしたばかりだが、早く完璧に任されるようになりたいと強く思った。