「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る元介護職兼介護支援専門員の日常

職員が発した言葉は施設としての言葉

 土曜、日曜、月曜の3連勤は早番、遅番+1時間超過勤務、早番の勤務だった。

 早番の翌日の遅番はいいが、そこに人員不足の為の1時間超過勤務が付いた上でクタクタになって帰った翌日、早番で出るのはキツイ。

 最後の早番の日、私は午前中入居者一人の認定調査の予定があり、午後は入居者の自宅への訪問やその家族の依頼を受けて市役所へ介護保険関係手続きに出向く予定があったので、その日は早番、遅番に加えて日勤者が配置されており人員的には充足していた。

 その日管理者は夜勤を終えて退勤し、ホーム長は休みだった。

 昼前に、入院中のすゆさんの地域連携室から、すゆさんの退院許可が出たとの電話連絡があった。本人はいつでも退院出来るが、内服薬や情報関係書類が翌日になるとの事だったので、翌日午前中に本人を迎えに行く際に一式お預かりする事になった。つまり昼食から施設での食事が始まるので食事箋を作成して栄養士と厨房に提出する。ここで問題になったのが、すゆさんがカロリーや塩分等に制限のある特別食だった事だ。地域連携室に再度電話して栄養サマリーだけ本日中にファックスで貰えるよう依頼した。グループホームに栄養士は常駐していないし病院と同じ食事が用意出来る訳でもない。その日施設の栄養士は他事業所の勤務だった為、そちらの事業所へ病院からの栄養サマリーをファックスして見てもらい、施設での食事箋を作る助言を受けた。以上を個人記録に記載し、すゆさんの家族とこの日休みのホーム長に電話連絡、主治医には定時報告した。

 午後は後を引き継いでくれるケアマネジャーと一緒に入居者宅を訪問して家族への挨拶や手続きの依頼を受け、その足で市役所へ行って3時半頃施設に戻った。早番の退勤時刻は4時。入居者家族へ手続きが完了した報告や個人記録への記載、翌日のすゆさんの退院手続きの準備を済ませるとあっと言う間に5時がやってきた。

 早番なのに現場で早番らしい仕事は出来ず、退勤時間を一時間超過している。現場の職員に事務や手続き等の手間はなかなか理解して貰えない。何となく肩身が狭いんだけど「お先に失礼します」と皆に挨拶してユニットから出ようとしていた時、外線が鳴った。

 電話に出た職員とその周囲の職員数人が「天然さん!!」と手招きする。

 骨折して入院中のだよさんの病院の地域連携室からだった。

「ADLがどの程度になったら施設での受け入れが可能か」との質問だった。このざっくりした質問に何と答えたらいいか・・というか、ここで私が答えた事が「この施設の答え」となるので慎重になる。車椅子でも歩行器でも手引きでも施設での対応は可能ではある。元々独歩でごく普通に歩き全ての動作が自立していただよさんなので、現在完全車椅子でリハビリの時だけ手引きで歩いているという状態を聞いて考えた。現在入院している病院が急性期病院の為2週間程度で退院することになる。連携室からの質問の意図がリハビリ目的の転院を挟むか否かという事だと確認した上で、リハビリで元の状態に近づける可能性があるなら今後のご本人の為にもリハビリ出来る環境がいいのではないか、それでも医師から施設での生活リハビリで対応するよう指示が出るのであれば車椅子でも歩行器でも手引きでも対応は可能だと答えた。ご家族にも意向を窺うと言われて電話を切った。

 職員数人が傍で私が電話で話しながらメモをしているのを聞いていた。こう答えたけど良かったんだろうかと私は気になっており、傍の職員は転院したら施設は退居になるのかと気にしていた。施設は入院等で不在となった場合1ヵ月を目安に空室を認めている。1か月を過ぎると分かった時点で退去手続きをする事になる。このケースでは退居した後次の待機者が入居することになるが、次に空室が出た暁には最優先で施設に再入居出来るので安心してリハビリに励んで下さいと伝える。

 

 時期を同じくして偶然同じ病院に入院している入居者がいる。

 数日前にその病院の連携室から同じ質問が来ていた。

 虫垂炎で手術入院している患者のADLがどの程度になったら受け入れが可能かとの質問だった。

 グループホームでは看護師が常駐していない為、日常的な医療処置が必要ではない状態まで回復し集団生活が送れるほど本人の状態が落ち着いたら、車椅子でも歩行器でも対応すると回答している。現在は処置が必要だが認知機能が低下しており病院で手を焼いている様子もうかがえた。

 この時もこの答えで良かったのかと後にホーム長に確認した。

 ホーム長がいつも居るとは限らない。

 いつどこから電話があるとも限らない。

 答えられなければ後日連絡すると伝えるにとどまる。

 何もかもをホーム長一人に任せてもいられない。

 電話の内容を個人記録に記載し「今度こそお先に失礼します」と退勤した。

 日勤者が退勤する5時半だった。

「お疲れ様ですぅ」と職員達が憐れむように見送ってくれた。

 

 ハードな勤務も、責任の重さも、私のキャパを越えていると感じる。

 辞める事にして正解だったと最近思っている。