「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

フロアでお見合い

自宅で生活していた高齢者が施設に入るのは、何かしらの理由がある。

 本人より家族からの希望の場合が多いのだが、本人が納得して入居しなければ、帰宅願望が強くなると周囲の入居者まで巻き込んで手を付けられなくなる事もある。

 隣ユニットのちほさんはじっとしていられず歩く。フロア内だけでは歩き足らず、フロアの外にも出てしまう。本当は家に帰りたい。でも自分はここに居るのが娘様が安心するからと自覚している。

 

 始め頃は出入口を施錠したり職員が付き添って歩いたりしていたが、ちほさんは嫌がった。

 そのうち我がユニットに散歩がてら来るようになり、ここに居る利用者とお茶を飲みながら少し会話して自分のユニットへ戻る事を覚えた。

 話好きで相手を上手に持ち上げる奥様的なちほさんと、一流企業を定年退職したことを毎回自慢げに話すりま氏は、フロアの席で向かい合って長話をし、お互いの居室を見せ合ったりした事もある。微笑ましく毎日繰り返し、何度目のお見合い?と皆の公認となっていた。

 それでも当事者同士には少々の遠慮があるらしい。

 ちほさんは歩いて来てもフロアの中がバタバタして「いらっしゃーい!」と歓迎されなければ何となく居づらいと空気を読んで戻って行く。

 今日もちほさんはいつものように歩いて来て、フロアの様子を見、廊下の端まで行って窓の外を暫く眺め、戻って行こうとしていた。ちょうどりま氏の居室前を通り過ぎようとしたとき、偶然りま氏がフロアへ出ようと居室のドアを開けた。一瞬、りま氏の顔が硬直し、その手が開けたドアを閉めようとしたかに見えた。そんな事は気にしないちほさんは「あらー! こんにちは! お元気でしたか?」と丁寧にあいさつした。

 りま氏も「これはこれは。お元気そうで何よりです」と笑顔でその場を繕い、フロアへ一歩踏み出した。

「今ちょうど来た所だったんですよ」とちほさんはくるりと向きを変え、フロアのいつものお見合い席のテーブルに手を置いた。何となくまた2人で話す雰囲気になりちほさんに椅子を運ぶと「どうも」と座った。ちほさんの後ろにいたりま氏に

「りまさんの大切なお客様ですもんね」と私が言うと、りま氏は目を丸くして口の前に指を立てて内緒のポーズをし、顔の前で手を横に振って顔をしかめ、

「いや、わたしゃ全然・・・」と小声で言う。

 それでも「りまさんの『同期のさくら』を聞きたくて」と言うちほさんの求めに応じて歌ったり、「やっぱりお上手」との言葉に謙遜したり、フロアの片隅で暫く2人の世界が繰り広げられたのち「それじゃ、また」と丁寧にお礼を言ってちほさんは戻って行った。

 ちほさんが座っていた椅子を、

「もう、片付けといて下さい」とりま氏が言う。

 実はこれが初めてではない。

 職員も分かっている。コントのようだ。

 

 生まれ持った性格と長年培った社会性で、認知症になっても保たれるものは多い。

 9人9色×2ユニット=18人

 色々な入居者が居て、ある程度の自由があって、毎日色々な出来事がある。

 職員も見守りながら、時にクスッと笑わせてもらっている。