「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る元介護職兼介護支援専門員の日常

認知症入居者の心に住む家族像

 緊急事態宣言が解除されてから、施設は面会制限が緩和され、毎日のように面会予約がある。コロナワクチン接種証明を確認させてもらい、2回接種済みである事が条件の一つである。近隣に住む家族ばかりとは限らない。遠方に住んでいたり、妊娠出産時期でワクチンを接種していなかったり、まだ接種出来ない幼いひ孫様だったり。

 施設に出向いて来られる家族ばかりとは限らない。

 今年夏に入居した80代後半のらのさんは同居していたご主人と長男様の事が気になって仕方がない。自分だけ楽をして、家に残してきた2人はどんな生活をしているのか、困ってはいないかと気にしている。

 それを伝えるとお二人は「いやいや、全然」との事。ご主人様は近くの店で弁当等の買い物をし、身体に障害のある息子様は訪問介護を受けて暮らしておられる。

 らのさんの入居時も難儀をした。 

 家族、兄弟は長年苦労をし最近物忘れが出て来たらのさんの入居を勧めるのだが、当のらのさんは家族の生活が気になって決心がつかない。実はご主人も心が揺れていた。

 居宅のケアマネさんとご家族と申し合わせ、数日分の着替えだけをまとめて施設に連れて来た。

 悪い事でもしたかのように心が痛んだのだが、意外にらのさんが施設に馴染むのは早くてホッとしている。

 このご家族はこちらからお迎えに行かなければ面会に来る事が出来ない。らのさんを自宅へお連れすれば施設には戻らないと言うかもしれない。職員とご家族の考えが一致し、ご家族はワクチン接種をしておられない事もあり、残念だがこの度は職員単独で自宅を訪問することにした。

 季節が変わったので冬服をお預かりしたい旨を伝え、ケアプランの説明をして署名押印を頂きたい書類をお持ちした。

 小さめの便せんを持って行き、ご主人にらのさん宛てにメッセージを書いてもらった。きっとらのさんは喜んでくれるとばかり思っていた。

 ところが。

 施設に戻ってらのさんにご主人と息子様の様子を伝え、メッセージを見せると、

「これは主人の字じゃありませんね」と言う。

 私の目の前で書かれた事を伝えると、半信半疑の様子で

「部屋に置いといてください」と言うので居室のよく見える所に置いた。

 すると暫くして居室に戻った際、

「ちょっと、見て下さい! こんなもんが私の部屋に置いてある!」と興奮気味に持って出て来た。さっきと同じ説明をするが今度は納得しない。他入居者に見せに行き

「こんなもんが私の部屋にあったのよ。気色が悪い!」と言っている。

 まさかの展開だった。

 こちらで預かると伝え、らのさんの個人ファイルに入れた。

 書いて下さったご主人に申し訳なかった。

『喜ばれました』とは言えない。

 らのさんの中では生活の全ては既に施設に移っているのだと思った。

「主人はちっとも会いに来てくれない」なんて愚痴を言うのに。

 らのさんの中ではご主人はお勤めをされていた頃のシャキッとした姿でいるのかもしれない。私が知る高齢者ではなく。

 認知症って難しい。