「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

ブーム

 少し前にミサンガが流行った。秘めた願いを込めて編み、または購入して、腕や足首に巻いた。おしゃれな糸や飾りも登場した。
 利用者の中に足首に糸を巻いている人がいる。しかも複数である。聞くと、足が良くなるおまじないだという。そしてご利益があったのかと尋ねると、あったと言う人もいれば、どうかなぁと言う人もいる。

 自宅ではさして動かず、寝て起きてテレビを見るだけの利用者が、デイサービスに来て、リハビリを受け、レクリエーションをし、フットケアを受け、契約をすれば整体師によるマッサージも受けられる。自宅に居るだけよりも、デイサービスに来る方が、足が良くなるのは当然といえば当然なのだ。
 おまじないをしている利用者は、人一倍その思いが強く、リハビリに対しても意欲的だったりする。そのせいか、新参の利用者より、利用年数が長い利用者ほど「良くなった」と答え、「お陰様でね」と続く。
 

 毎朝、来苑した利用者のテーブルを回り、
「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」
と一人一人に挨拶するのだが、いつも穏やかな利用者が、挨拶もそこそこに
「あのね」
と話し始めた。
「お隣の方が足に糸を巻いてるの。私もそのおまじないをしたいんだけど、家族に話しても巻いた糸に足や服をひっかけて逆に転ぶのがオチだと、とりあってもらえないのよ。年寄りは寂しいものです。」と。
 そして今日タコ糸を持って来たから作ってもらえないか、と。
 年のせいもあるが、左半身に麻痺があり、杖をついて危なげながら歩く彼女にとって、それは切実な願いなのだ。
 そして今日は偶然なのだが、隣の席に座った利用者が足首に糸を巻いていた。どうやって作るのか、巻くのか、話を聞こうと一生懸命話しかけるのだが、隣の利用者は耳が遠く、彼女の声が届かない。耳元で代弁すると、隣の利用者は嬉しそうに話し始めた。

 さて、困った。
 家族は明らかに反対している。
 本人は明らかに希望している。

 日中、主任が彼女に持参のタコ糸で作って巻いていた。
 夕方彼女を自宅へ送る車の中で、その足を見せてもらった。
 嬉しそうな彼女の顔を見ると、これで良かったのだと、思えた。
 そして、巻いた糸を靴下の内側に入れ、ズボンを下ろした。引っかからないように。

 家族宛の連絡帳に、その旨記載してあった。
 次回、家族がどのような反応を示すのか、気になる。
 
 刺激が少ないと思いがちなお年寄りにも、ブームはあるもので、それは若者とは比べ物にならないほど強い思いがあってのことなのではと、改めて考えさせられた。
 でも、・・・タコ糸は切れないし・・・ミサンガって、その糸が切れた時、願いが叶うんじゃなかったっけ・・・