「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

人員不足なのに研修受け入れと他事業所への応援業務

お題「職業あるある教えてください!」

 人手不足は葬祭業でも深刻で、うちの斎場も常に求人を出している。

 自分が応募する立場だった頃、短期間のうちに同じ所の求人が出ていると、この短期間に退職者が出るような職場なのかと、逆に敬遠してしまっていた。

 人を育てるのは時間がかかるが、辞めてしまうのは早い。

「この業界は誰でもいいってわけではない」と葬儀社の経営者が言っていた。確かに「適性」は図る必要がある。

 うちの職場の責任者はエリアマネージャーを兼ねており、スケジュールには結構な頻度で採用面接らしい日時が書きこんである。先月も面接の後、一連の火葬業務を見学していたが、その人が採用に至ったのかどうかは知らされていない。・・というか、知らされないのは採用に至らなかったのかと、誰も尋ねもしない。もしくは他所の事業所に配属か。

 

 全国に支店や事業所を持ち、県内でも十数ヶ所の斎場を運営している。今年の入札でまた事業所を獲得し、来年度以降の運営に備えて職員の移動や新規採用を検討している。複数の事業所で職員の通える範囲で欠員補充や応援要請、出張研修も行っている。

 私が勤める斎場は昨年春に新規開設し、火葬場と、葬儀より簡素にお別れが出来る多目的室を備えている。 火葬とセレモニーを担当する事業所として一人欠員で募集をかけている状態。責任者も頭数(あたまかず)に入っているがほぼ現場の業務には入れていない。その上周辺他市の事業所へ頻繁に応援業務に出している。2欠状態に近い。

 

 他県のK事業所の責任者が「研修」と称して来た。うちの責任者が終日つきっきりで受け入れの様子や職員の動きを説明していた。

 その日は一日の予約枠いっぱいに火葬の予約が入っており、全炉2回転する。こんな日は応援の手も欲しいがせめて全員出勤で対応したいのに、逆に一人隣市の事業所へ応援業務に行く指示が出た。責任者には誰も逆らわない。残った皆でてんてこ舞った。

 霊柩車の到着を表玄関前で待ちながら、うちの責任者がK事業所の責任者に説明をしているのが聞こえてきた。

「こんなに受け入れ件数が多い日は本当は全員で対応したい。でも今日は隣市の事業所に人手が足りない所があるので一人応援に行っている。ここの事業所はそういう役割も担っている」と。

 そのパフォーマンスの為に応援に出した? 

 一日必死で動き回り、夕方火葬許可書の手続きで事務室窓口に行った時「もう、無理~」と言ったら、事務さんに笑われ、両肩に手を当て「ファイティン!あと少しよ」

 ちょっとホッとする瞬間。

 K事業所では少ない職員の人数でどのように動いて件数をこなすかを課題としていた。

 葬祭業の辛いところは、直前にならなければ分からないところだ。

 人の死はいつとも分からない。

 だから翌日の火葬件数でさえ定かではない。その時々で必要な職員の人数が確保出来るとも限らない。

 ここの斎場で火葬をする近隣3市では、斎場設置時の取り決めにより、翌日の火葬の申請は前日16時に締め切られる。その後諸々手続きを経て翌日の火葬件数が確定し、17時以降になって私達の翌日の出勤または公休日が決定する。その決定はこの職場の責任者がしている。

 

 K事業所の責任者が夕方少しゆっくりしていた時に、この事業所に来て思う事や感じる事がありましたかと聞いてみた。私は他所へ行く機会が無くて、他所から来られた方にどのように映るのか、ここの事業所のいい所や悪い所を知りたかった。

 業者との関係が良好ですね。(K事業所はもっと殺伐としていて会話は最低限なのだそう。)

 忙しくて裏では慌ただしいのに、表ではゆったり見せてる。(複数の受け入れ、収骨でインカムは入り乱れて頭もパニック状態)

 K事業所の責任者は斎場の仕事をする前は自動車の整備士をしていたそうで、火葬炉に関してトラブルがあっても大体対処出来るそうで、前職が役に立つし、自分にとってはそれが強味だと語った。

 なるほど。

 前職が何であれ、役に立つことはあるだろうと思った。

 私も介護職やケアマネジャーをして対人援助や倫理を学んだ事が、故人の死に向き合う親族への対応に役立っていると感じている。

 その日夕方、責任者から職場のグループLINEにメッセージが届いた。

「今日は○○件を△人で業務して頂きありがとうございました。さすがです。明日も◇件と少なくないです。お疲れだとは思いますが△人でよろしくお願いいたします」

 ある意味、この日責任者が終日居て皆の動きを見て評価して貰えた事は良かったと、皆が思ったかもしれない。

 

 それから数日して、県内S事業所の責任者が研修に来た。

 同じ会社内なのだがS事業所では火葬だけを担当しており、お別れや収骨等のセレモニーは市の関係職員が担当されているのだそうで、今後新規に獲得した事業所への出張や応援業務を視野に入れてセレモニーを学びに来た。

 同じ会社の中でも、色々あるものだ。

 表で一緒に霊柩車の到着を待つ姿勢や今日の予定表を眼鏡をおでこの上にずらして読む姿を見て、遺族対応は日々業務に組み込まれ経験を積んで洗練されていくものなのだろうと感じた。そもそも火葬業務だけの為に採用された人員だったと考えると、これからそれを身につけるのはなかなか至難だ。

 夕方ゆっくりしていた時間に同じように「思う事は?」と尋ねてみた。

 皆が同じように仕事が出来るっていいなと思った。どこに誰が居て、今何をしているかを把握して、自分が動く。受け入れも収骨も火葬も、誰もが何もかも出来るからその動きが出来ている、と。

 なるほど。

 S事業所からはこの責任者ともう一人職員が日をずらして研修に来る。

 次回は収骨を主に現場で遺族に対応するそうで、口上マニュアルを手渡されているが「出来る気がしない」と言う。私も新人の頃にそう思ったことを思い出した。大丈夫。場数を踏んで今の私のようにそれなりに形になっていく。

 

 以前、副主任が「ここの事業所は育成機関」と言った事がある。

 私も育成された一人だろう。

 そして今、この新しい斎場の設備を案内すると同時に、職員モデルとしても評価されながら社内だけでなく他社や市町の視察や研修を受け入れている。

 自信を持って、注意深く、一つ一つのことに向き合っていこうと改めて思った出来事だった。