「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

手術を受けようと心が決まった

お題「#この1年の変化

ようやく決心がついた。

 手術を受けようと思う。

 数年前から股関節の痛みはあった。その前には腰痛があり「脊柱管狭窄症」の診断が出た事もあった。でもいつの間にか腰痛よりも股関節痛が強くなり、腰から足への神経に痛みが出ているのかもねと病院で言われ、その病院で針治療を受けた。1年くらい続けたが、どうにも股関節が痛くて、去年秋に整形外科を受診。軟骨がすり減っており、股関節を支える骨の一部がなくなっている事も画像で分かった。こんなになるまで放っておいたのかと医師に言われた。いつかは手術になるだろうけど、痛いながらも可動域はある程度あるため、経過観察となった。それからネットや周囲の意見を聞き、近所に新しく出来たクリニックに転院。医師の所見は同じだったが、手術の前に出来る事としてリハビリを受ける事になった。

 理学療法士によるリハビリを受け、次のリハビリの時に療法士に動かしてもらう時に痛い痛いと言ってはリハビリも進まないので、助言を受けた通りに生活をして次のリハビリに備える。でもすり減った軟骨が再生することも、なくなった骨が治る事もない。動かさなければあっという間に筋肉は弱り、筋は固くなる。

 月に一度医師の診察を受けなければならない。先月「手術だね」と言われたが、私が決心がつかないのを見て、足に体重をかけないよう松葉杖をレンタルさせて下さり「心が決まったら来て。いつでも紹介状を書くから」と言われた。

 それからおよそ一か月。

 コロナはまだ上り坂。手術するなら今か一年以上後になるかもとの薬剤師の助言。

 正社員で働いているうちに受けておいた方がいいよという近所の奥様の意見。

「早く受ければよかった」と言ったという、医師が紹介し手術を終えた患者の言葉。

 私の足が悪いために、他の職員が入浴や移乗等の負担が増えてしまい申し訳ない。

 色々あるけど、決定的だったのは、心が折れた事だった。

 神様は私が仕事から離れる機会を与えて下さるのかなと思えた。

 

 息子は学年末の応用研究発表を控えているので、それが終わったら相談しようと思っていた。ところが、あと数日という日に何かの拍子に話してしまった。

息子「手術したらええやん。ちゃんと診て貰えって、オレは何度も言ったよ。母さんも休むの久しぶりやろ」

 これで私の心は決まった。

 手術をしたら退院までの2週間、頭の中から仕事を完全に消して、何か一つ作品を仕上げよう。刺繍にしようかな。本もたくさん持って行きたい。

 退院後リハビリしながら自宅で暫く療養する間用にジグソーパズルも購入しておこう。自分の快気祝い。心も体もリフレッシュして職場復帰を目指す。

息子「2週間オレはこの広い家を独り占め? 友達呼び放題?」

 寂しいとか心細いなんて言葉は出ない。2人共、俄然楽しみになった。

 

 そしてクリニックを受診して紹介状をお願いした。

 あらためて診察台で股関節を動かし、医師は言った。

「よく動くんだよね・・・まあ、でも、行ってみて」

 これまで手術となった患者はもっと可動域が狭く、動かす事が困難になってから受診に来る患者がほとんどだと言う。でも今このクリニックで出来る事は無い。もしかしたら手術の前に何等かの治療法があるかもしれない・・・そんなニュアンスを、その時の医師の短い言葉から私は感じた。

 大きな病気も、手術も経験したことが無いので、その受け方も、支払いや保険の事も教えてもらいたい。

 これまで頑張って来た自分へのご褒美として、数年ぶりの長い休みと、体のメンテナンス、心の栄養補給といったところか。

 何より痛みのない生活に憧れている。