80代のたいさんは今年春に入所した。ご主人が亡くなってから数年独居だった。「楽をしたい」と自ら施設入所を希望された。認知症の診断は出ているが短期記憶が少々危ぶまれる程度で、施設の中では誰よりも普通に接し、会話も出来る入居者だ。
夕食後お膳がまだ目の前にある状態で「まだ食べたいけどはしが無い」と職員に言う男性入居者がいた。職員が「箸ここにある」とお膳に置いてある箸を示しても手渡そうとしても「はしがない」と言い続け、職員と問答しているのをテーブルの向かい側からじっと見ていた。
自分の湯飲みをカウンターに持って来て、カウンターごしに私に言った。
「いつか私もあんな風になるのかしら。恐いわー」
私「いつかたいさんがそうなっても、私達は変わらずお世話させていただきます」
たいさんは「お願いしますね」と笑った。
昼夜を問わず大きな声で歌を歌う入居者がいて、皆、疲弊している。
ある朝6時台に起きたたいさんが「ウグイス嬢の声で目が覚めた」と言った。
私「コケコッコー!」
たいさんは「違うわよ。ウグイス嬢」と言って笑った。
年を重ねても、認知症になっても、長年培った社会性で集団生活に馴染み、ユーモアを忘れないしなやかな生き方に、敬意を払わずにいられない。