「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

ベテランのなせる業

夜勤に入ってすぐ、利用者が夕食を食べ始めて暫くしたころ、事件は起きた。

 新人の男性職員が

「だたさん、大丈夫ですか?だたさん。」

と声をかけながら背中をさすっている。

 そこへ近づくベテラン女性職員。

「そんなんじゃダメよ」

と、いきなり背中をバシバシ数回たたいた。

 おえっっとだたさんの口から食べた物が塊となって出た。口の奥に詰まっていたらしい。

 暫く背中をバシバシ叩きながら、女性職員が

「もう無い? 口の中あるの出して!」

 その後は自分で喉を鳴らしながら自分で吐き出す事が出来た。

 

 新人男性職員は、

「すごい、ベテランのなせる業ですね。他人を叩く力加減が分からない。」

と言ったが、気付いた彼にも感謝に尽きる。

 

 すぐにバイタル測定し、血圧高めで血中酸素濃度が低め。管理者とホーム長に伝え、その日の食事は下げて本人が希望すれば別のゼリー状の物を提供しようという事になった。

 同法人の他施設でその日夜勤をする看護資格を持つ職員に連絡を取り、状況を説明して夜間気を付ける事を尋ね、もしもの時にSOSを求めさせて欲しい旨伝え、夜勤が始まった。

 

 大正生まれのだたさんは、施設では自分のペースで日中も寝たり起きたりしながら生活しており、歩行器を押して一人でゆっくり歩く。居室に奥様の遺影があり、毎日自分で湯飲みの水を替えてあげているのに、その写真が奥様だという事は忘れている。

 

 居室は本人が小さい明りを付けて寝ていたので、頻繁に覗いて呼吸を確かめる事は容易だった。朝までに3度トイレに行ったが、歩く様子も変わり無く、私と目が合うと手を上げたり会釈したりして、声をかけても返答に変わった様子は無く朝を迎えた。

 

 朝のバイタルは正常値を示し、体温はだたさんにしては低く、血中酸素濃度は上がった。出勤してきた職員に前日の食事の様子から申し送る。だたさんの生活記録は日頃は数行なのに、その日だけは1ページを超えた。

 

 もしもあの時気付かなかったら。

 もしもすぐに吐き出させる事が出来なかったら。

 今後熱が出るかもしれない。

 痰や食事が絡みやすくなるかもしれない。

 

 何が何の前兆で、どんな事が起こり得るのか。

 「見守る」という行為をあらためて考える出来事となった。

 毎日が同じではない。

 その場で気づき判断して行動に移せる技術も持ち合わせていなくてはならない。

 私達介護職は大変な責任を負っているのだ。

 日々起こるすべての事柄を、未熟な私自身の経験値として積み上げていこうと心に決めた出来事ともなった。