「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

息子が初めて勉強する意志を示した

高専4年生の息子が人生で初めて勉強する意志を示したのだと、私は解釈した。学校から帰って台所で自分の食べる物を準備しながら、
「母さん!」・・・間があって・・・
「俺、専攻科行こうと思う。ええかね?」


 数日前の担任との個人面談で成績表を手渡され、その場で示された進路はインターンシップに行った中堅企業への就職のみ。決定するものと思われていた。
 進路に関しては学年の、各学生に関わる教科担任とも連携をとるとの事で、その先生方の共通意見は
「それでええんか?」

 高専に進学した時点で、5年後は就職するものだと親も子も思っていた。成績もブービーだった。
 それが、学年が上がる毎に成績が上がってきて、4年生現在では本人も驚きの科内前半の成績表を持ち帰っている。

 担任曰く、就職するならもっと大手を受ければいいのに。大学への編入も、専攻科でも、公務員を目指す事も出来る成績ですよ。

 そもそも、どうして高専を選んで来たのか、本人が決めたのかと担任に問われ、正直に話した。

 息子が中学3年の春、
私 「高校どこ行きたいん?」
息子「俺はどこにも行かん」
私 「は?どこにも行かんてどういう事?」
息子「家におる」

 そこまで聞いた担任が前のめりに
「ほお!それで?どうやって話をこう持って来たんですか!?」

私「ま、まあ、学校見に行こうって事で。」
 
 普通科を含め、オープンスクールに参加して、面白いのは当然高専で、学校紹介のスライドの中で「一週間かけて島一個測量する」というカリキュラムが息子の脳に引っかかったらしい。
「俺、あれやりたい」
 
 その一言で決定。

 ただ、中学でも勉強せず成績もそれなりだった息子がどれほど本気なのか測りかねた。中学3年生の担任との面談で、高専だなんて、口に出すのもはばかられた。
「今の成績ではちょっと・・・」と言われ、
「ですよね・・・」

 という感じだったのに、年末にその担任に、2学期末、成績表上ギリギリだけど、推薦入試基準に達したから受験するかと問われた。
  
 ほんとに?
 
 というのが私の本音だった。
 他に希望する学校は無い。
 受けてみた。

 落ちた。

 もちろん想定内。そして担任から、一般入試を受ける気があるか、あるならもう一度中学から推薦状を出す、と話され、お願いした。

 奇跡!
 蓋を開けてみれば前代未聞の倍率を突破している。
 地元の高専ならではの学校のつながりがあるのだろうか、お陰で今がある。

 1年生で、同じ中学から進学した友達に誘われてデザイン研究部に所属し、以来毎年デザインコンペティションに参加している。
 尊敬する先生と、優秀な先輩方に囲まれ、1年時から毎年全国大会に参加させてもらっている。今年の全国大会は11/10〜11日の予定で北海道釧路で行われる。
 明日北海道入りする。

 我が息子の将来にどんな選択肢があるのか、分からなかった私は、そのデザコンでお世話になっている先生に今年夏に前期中間成績表を見せて相談した。
「僕なら専攻科を勧める」と言われて初めて就職以外の道が見えたのだった。

 数日前、担任との面談当日、その先生にも会って話すと
「専攻科に来てくれると嬉しいけどな。あいつ、勉強するのが面倒臭いだけだろ。」
と私の前でも臆せず話される。しかも性格も見抜かれている。
「デザコンで中心的重要な位置にいるから、その日までは一生懸命やってもらって、終わってから話をしてみます」と言われた。


 普通の高校にも大学にも無い、専門分野に特化した部活なのも幸いした。
 息子は専攻科でこの先生の研究室を希望する。

 
 間違いなく息子は入学してからこの先生と、この先生を師事して学んだ先輩方の背中を見ている。そして自ら結論を出したのだ。
 
 成長した。
 

 私も頑張って働かなくちゃ。
 嬉しかった。