「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

心筋梗塞

利用者が一人、他界した。
  大正9年生まれの彼女は94歳。先月誕生日をデイ利用者や職員皆に祝ってもらって喜んでいた。少人数の認知症デイに属している彼女には、昔の記憶しか残っていない。「足が悪い」と外では杖をついて歩くが、自宅も施設の中も、杖なしでスタスタ歩く。
 こだわりが強く、ご飯もおやつも、好きな物しか手をつけない。皆がコーヒーを飲む時も、彼女だけ緑茶を濃く出して飲む。
 
 彼女の何が大変といって、入浴介助である。

 体はいたって元気、口も達者な彼女は、入浴に恐ろしく強い拒否を示す。暴れる、叩く、噛む、蹴る・・・それでも入浴をさせなければならないのは家族の強い希望だからである。自宅で絶対入浴しないから、と。
 他の利用者とは別に数人がかりで抵抗を抑えながら脱がせなければならないのだが、毎度のように職員が負傷する。しかし、湯に浸かったら、今度は上がらない。逆に、
「さっきは入れって言っといて、今度は上がれって言うの?!」
と文句を言う。でもって、
「反抗してごめんね。あんたたちも大変ね」
と毎回言う。
 必ずこの繰り返し。15分程度の記憶は続いている。
 なんでここまで忘れられるのかと、不思議に思うと同時に、いつか自分もそうなるのかと、恐ろしくもなる。

 だから、「いつも通り」の様子だった彼女の利用日から3日たった夕方の終礼で「永眠されました」と報告があったときには驚いた。

 その日の朝、自宅で顔を洗おうと洗面所に来て「胸が苦しい」と倒れてそのまま。心筋梗塞だそうだ。
 そんなことってあるんだ・・・
 
 願わくば私も長く煩うよりそんなふうに死にたい。彼女よりもっと早く・・・