「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

子供が私を育ててくれた話

 優しい企業人と結婚し、幸せな専業主婦を夢見ていた。

 そしてそれは実現出来たはずだった。

 

 子供が小学5年生と2年生の運動会の日、校庭で以前同じバトミントンチームに所属していた人と出会った。

「小学校の給食室でパートを募集してるんだけど、やってみない?」

 仕事があるのは子供達に給食の提供がある日のみ。当然午前授業の日や夏休み、冬休み等の長期休暇は仕事は無い。基本週1ペースで、他のパートさんが休みの曜日は代理で入る。彼女が主任をしているという安心感が後押しし、家族に話して働いてみることにした。

 これが初めての社会参加となった。

 朝子供達を送り出して掃除をしていると、だいたい何か忘れ物をしている。見送ってから約1時間後、私が出勤する時に学校の靴箱に届けるのが常となった。

 調理員は、作った給食を昼食として全員で食べながら反省会をしている。帰って、今日の給食美味しかったねと子供達と話せるようになった。

 仕事の休憩時間に、給食室の隣の花壇で友達と戯れながら水やりをしている息子の姿が見えた。

 働く面白さを知った。

 他者との話題が、子供や夫だけじゃなく、自分が主人公にもなれた。

 同時に、もっと働けるんじゃないかと錯覚した。

 経済的に自立出来るかも。

 色々考え、週1ではなく、本格的に働きたいと思うようになった。

 

 半年ほど給食室で働いた後、病院の厨房で働くようになった。

 小学生の子供がいる事を理由に早出を断り、子供を送り出してから出勤する時間帯だけの勤務にしていた。しかし1年経った頃、早出の打診を受けた。夫が転職し、生活に不安があった事もあり、嘱託から正職員になって早出、遅出が始まった。

 365日をカバーする勤務が組まれ、希望休みは叶わなかった。

 子供達が空手の大会の日、早出だった。14時に仕事を終えてすぐに会場へ向かうから、頑張って勝ち残ってて欲しいと子供達に話すと、本当に残っていて驚いた。子供達の行事や大会は、何とかして見に行きたかった。子供達の頑張る姿や共に過ごせる時間は貴重で、私自身の励みにもなった。

 そのうち、娘は朝は何とかするから、早く帰って来る早番がいいと言うようになった。娘は目覚まし時計を3個用意し、枕元、ベッドから少し離れた所、階下へ降りる階段の途中に置き、弟を起こして、私が用意しておいた朝ごはんを2人で食べ、家の鍵を閉めて登校するようになった。

 

 娘が6年生の夏休みの課題で、俳句を作った。

「ねぇ母さん、栗ご飯って手がかかる?」

 いきなりそんな事を尋ねられたのだが、その後その句が市の表彰を受けて知る所となった。

 

「おかえりの 母の笑顔と 栗ご飯」

 

 栗ご飯が好きなわけではない。鍵っ子となった娘は、以前は当たり前と思っていた母が自宅に居る生活が、当たり前ではなくなった。早番の日は朝さえ乗り切れば、今日は母さんが迎えてくれると思えるから学校に居ても嬉しいんだと言った。帰った時、家の鍵が開いてる。母さんが「おかえり」って迎えてくれる。手の込んだ、おいしいご飯を作って欲しい。そしてそれが叶った時の嬉しさが、この句に表された。

 既に大学を卒業して働いている娘は忘れているかもしれない10数年前の出来事だが、私にとってこの句は今も心に重く、娘の心の叫びのように思えた。

 

 2年程働いて退職し、その年の調理師免許取得を目指すという大義名分のもと、専業主婦に戻った。暫く経った頃、小学4年生だった息子が言った。

 

「おれは今が一番しあわせ」

 

 我慢を強いていたんだと思った。

 

「おれ、ねえちゃんがおらんと生きていけん」と言った事もある。

 息子語録だ。母からも弟からも頼りにされ、娘は辛い立場だったに違いない。

 

 調理師試験後、免許証と免許番号が届くまで1か月かかるので、職業訓練に通う事にした。その頃夫は転職先でリストラにあい、収入を絶たれていた為、私はハローワークの勧めで基金訓練を受ける事となった。厚生労働省中央職業能力開発協会による緊急人材育成支援事業により、生活支援金を受けながら、平日の朝から夕方まで職業訓練に通った。

 

 その後もハローワークに通い、いくつか面接に臨んだが、マッチしなかった。

 そして2度目の基金訓練。介護職員基礎研修を受ける事になる。これが介護との出会いであり、現在に繋がる。

 

 半年の研修を終え、すぐにデイサービスに就職した。

 既に40歳を超えており、働き始めるには遅すぎると思い、3年続ける事が出来たら介護福祉士の国家試験を受ける事を最初の目標に定めた。毎日を必死で過ごすうち、2年が経過し、試験の申込が出来る時期が来た。

 奇しくも子供達の大学、高校ダブル受験に私の国家試験が加わりトリプル受験となった。しかも一次試験は娘の大学入試センター試験の翌週、受かれば2次試験は3月1日の高校卒業式当日となる。

 毎日仕事と家事を終え、テキストを開くと瞼が閉じる私は、

「母さんが一番勉強してない」と子供達に言われる有様で、受験期に親が子に「勉強しなさい!」などという画とは無縁だった。

 大学センター試験で撃沈した娘を心配し私立大学や国公立大学入学試験の段取りを組みなおしながら、その週末土曜には息子の推薦入試、翌日日曜は自分の1次試験を受けに隣県へ朝一番の電車で出かけた。自分が落ちるわけにはいかなかった。

 カレンダーを色分けして息子の一般、私立入試、娘の私立入試と予定を一つ一つ終えていき、国公立大学入学試験と高校卒業式は夫に任せて、私は隣県へ二次の実技試験を受けに行った。

 この時点で3人共試験を終えて結果待ちとなった。

 怒涛のトリプル受験が終わった。

 

 娘と息子が大学と高専へ進学し、私は生活を支える為、働かざるを得ない状況となっていた。そして気が付けばケアマネジャー資格試験が1年半後にある。ならば挑戦してみようと思ってみたが、仕事はきつい。でも転職している時間的余裕はない。受験資格は介護業務経験5年以上となっている。入職して5年0か月での受験となった。

 試験日まで1か月を切った頃、夏休みで帰省していた娘が私の勉強する様子を見て

「母さん、それじゃ受からんよ」と言い「携帯貸して」と私の携帯に試験対策アプリを2つ入れてくれた。それから試験までの数週間を携帯と格闘しながら過ごした。他人にはただ携帯をいじっているように見えたと思う。

 受かったのは娘のお陰だ。

 

 その後居宅介護支援事業所勤務を経て、今の入居施設に勤めている。息子が通う高専と勤務先が近く、勤務が休みの日には息子の送迎で職場の近くを通る。

 介護業界に入り、10年近くになる。

 どうしても生活を成り立たせなければならない。体力的にも精神的にもきつく、

「もう無理」と言いながら今に至っている。

 資格試験という節目がなければ続いていなかった。 頑張れたのは子供達のお陰であり感謝している。

 そして介護に関して知れば知るほど知識も技術もより深いものに思えた。自分にとってこれが天職かは分からないが、多分私はこれからもずっと介護に関わって生きる気がしている。

 

 夢見ていた左団扇の専業主婦にはなれなかった。

 子供達に寂しい思いをさせてしまった。

 色んな意味で、我慢を強いてしまった。

 でも子供達がその時その時の親の事情を理解してくれた事が有難かった。

 娘が進学の為に自宅を出てから、私は娘が居ない事に慣れるまで2年位かかった。帰省する時は嬉しいが、また行ってしまうと思うだけで悲しくなった。

 息子は地元志向と知ってはいたが、隣県辺りまでの近隣を考えているのだろうと思っていた。が、そんな私を見ていたからか、永住計画と銘打ち、自宅から通える所でインターンシップをしている。

 自宅からは出た方がいいよ、母の面倒を見なくちゃいけなくなるよと言ってはみたが、息子の気持ちは変わらないらしい。

 

 私にとって子供達は生き甲斐であり働く原動力だった。

 子供達にとって、私はどうだっただろう。

 私は子育てをしたと言えるか。自分達の力で逞しく育ってくれたと言うのが自然だ。

 もう一度やり直せたら、違う人生だったら、この子達はどんな風に育っていただろうかと思う事もある。

 

 夜勤明けで帰って来ると、夕べ一人で鍋をした息子が朝ごはんにおじやを作ってくれていた。この心遣いが嬉しい。

 おじやを美味しく食べて、洗濯物を干し、ベッドに入ると同時に気を失うように眠る。夕方起きて夕飯の支度をしながらソファで寛ぐ息子に声をかける。

私 「魚が残ってるね」

息子「昨日アラが安かったから買ってみた」

私 「塩焼きにしようか」

息子「うん・・・いや、煮付けがいいな」

 そして食べ終わり

息子「鍋より煮付けがウマいな」

私 「両方食べれて良かったじゃん。魚コーナーまでちゃんと見てるのすごいよ」

 そう言うと息子はちょっと照れたように笑った。何ともいい表情。

 

 はてなブログでこうしてテーマを頂いてあらためて振り返り考える機会となった。

 いつをもって子育てが終わったと言えるのか分からないが・・・育てたとも言い難いが・・・卒業まであと少し、私の気持ちの区切りにもなりそうな気がしている。

 頑張った。

 子供達の存在が、私にとってのご褒美だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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by オリックスグループ