「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

理想の上司

やっと休みが来た。

 出勤途中の交通事故による怪我の為に長期休暇を取っている職員をカバーするため、ハードな勤務になっている。

 皆で労りあいながら頑張っているので、嫌ではない。

 でも体は正直で、疲れがとれない。

 思うように体も頭も動いていないと感じる。

 機敏に働く若い職員を見ながら「タフだなあ」と羨ましくもなる。

 退勤してから仕事を思い出して自分で自分が嫌になる事もある。

 

 職員の中に妊婦さんがいる。

 産休まで残り2週間なのだが、体調が不安定で休む事が増え、出勤しても早退することが多い。

 それでもなるべく休まないように彼女なりに体調を整え、幼い上の子が思うようにならずイライラしながら、ご主人にも気を遣いながら、頑張って出勤してくる。ベテランなので、来てくれるととても助かる。でもあてにしてはいけないとリーダーに言われているし、皆も理解している。

 昨日も出勤した時点で表情が良くなかった。無理して来たのが一目瞭然だった。

 座るよう椅子を持って来ても、座るのも辛い、しゃがんでいる方がましだと、暫くしゃがんでその椅子にもたれかかっていた。誰もがバタバタしながら、体を労わるよう、帰るよう促す。

 彼女も、皆が大変な事が分かっているだけに、迷惑をかけたくない。でもお腹は痛い。

 泣き始めた。

「みんなの優しさが嬉しすぎて申し訳なさ過ぎて涙が出る」と言う。自分からはホーム長に言い辛いだろう。こちらから伝え、ホーム長から帰るよう促してもらった。

 

 職場に、手本にしたい上司がいる。

 役所を定年退職して1年介護現場を経験し、現在我が職場のホーム長として管理と事務仕事全般を担っている。

 誰に対しても穏やかで、人の悪を言わず、己の善を語らない。

 最近マスクをしてさえもたまにうちの職場に来るとその目力だけで職場の空気をキンキンに凍らせてしまう女施設長の事も、

「あのくらい何でも無い」

と言い放つ。世の中には理不尽な事はいくらでもあるのだと。役所時代には色んな事があり、体を壊した事もあったと話して下さった。

 自身の立場を過大評価せず、年下の女施設長にかしずいているかのように従順。

 施設長室に呼び出しの電話を受けては

チコちゃんに叱られる」等と言いながらいそいそと向かう。

 余裕だ。見ていてある意味痛快。

 私達並の職員は、この施設長の前に立つと凍り付いて物が言えなくなるのだが。

 ホーム長がクッションとなり、私達職員は冷えを気にせず現場の仕事に専念出来ている。

 

 

 それにしても、やっと来た休みの日さえも頭も体も鈍い。

 体が悲鳴を上げている。

 これ以上働けない。

 もう無理。

 そう思っても、この上司の元で、今の同僚達と働きたい。

 みんな辛い。

 みんな頑張ってる。

 そう思える職場で働けるのは幸せな事だ。

 

 私もそれなりに人生経験を重ね、多くの人に出会い、いくつもの職場を経験してきたからこそ、そう思える。

 でも頭では分かっていても、体は正直だ。

 

 本当は、もう働かなくてもいいよと生活を支えてくれる素敵な方と出会えるのが一番いいんだけど。