「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

犬の名は

今週のお題「わたしの好きな歌」

 88歳のだてさんは気持ちが落ち着かなくなると「トイレ」と立とうとする。最近は立ち上がりも歩行状態もあまり良くない。しかも、認知症のだてさんは10分前にトイレに行った事を忘れている。トイレに行って座っても、きっと出ない。そして、「何で出ないんだ?」とまた不穏になる。分かっているが、作業療法士から、生活機能訓練の名目で、本人が意志を示したらトイレに歩いて行くよう指示を受けている。

 夕飯の支度をする頃、だてさんが、よっこら・・と立ち上がろうとしている。

私「どこか行くの?」

だてさん「トイレ」

私「じゃ、一緒に行こう。ね、お宅で飼ってた犬の名前は?」

だてさん「ぽち」

私「一緒に歩こう。せーの!うーらのはーたけーで・・」

だてさん、私「・・ぽーちがなくー、しょーじきじーさん掘ったればー・・」

 ある日テレビで犬を特集していた番組を観ながら自宅で犬を飼っていた言い、名前を尋ねると「ぽち」と言った事から、それ以降その手を使って両手引きしながら歩いているのだが、息子さんによると、犬を飼ったという事実は無い。しかし一緒に歌いながら歩くと声も出るし、表情も良くなるし、足取りも安定する。

 トイレに座って、「おしっこ出ねーぞ」と言う。

私「大判も小判も出ませんか」

だてさん「ははは、出ねーな」

私「いいんじゃない? 10分前に出たから」

だてさん「そーか? 覚えてねーぞ」

私「体が覚えてるみたいね。パンツ履きましょ」

 半信半疑ながらそれで終わる時もあれば、終わらない時もある。特に夜中不穏になると夜勤は難儀をする。

 

 歌の力は大きい。世代を超えて歌える歌があるのがいい。