「生きる」を考える

斎場にて人生の終焉を見送る 元介護職 兼 介護支援専門員の日常

介護職一人の限界を感じた時

「皆でグルになって嘘をつく!」
 施設に入居する84歳のヤ子さんは寝る前にひどく立腹していた。
 前日はほとんど寝ていない。夜間の記録によると、夜中ひっきりなしにベッドから起き上がりセンサーマットを踏んでいる。下肢筋力が低下し自力では一歩たりとも歩けないのに立ち上がろうとするため、センサーを感知すると職員は飛んで行かざるをえない。夜中1時過ぎに嘔吐、不穏が強く、明け方30分くらい眠っただけとの申し送りがあった。

 日中特に不穏は無かったようだが、何も無いテーブルの上で両手を動かしているのを見て何をしているのか尋ねると
「ビニール袋が放ってあったから畳んでる」
という回答があったそうだ。

 そして夕方私が夜勤で出勤した時、前日夜間〜本日日中の様子を聞いて、今日は寝てくれるかなと思っていたのだが、夕食を食べ終えた頃から、始まってしまった。

「下の階におる旦那を連れてきて」
 と言う。居ないと伝えても信じない。職員が変わっても同じ会話をしたため、ヤ子さんは癇癪を起こし、冒頭の言葉が飛び出した。


 ベッドに横になってもすぐに起きてセンサー感知するため、車椅子に座ってもらってフロアーに出たが、機嫌が悪く、また「寝る!」と居室で横になった。

 以前夜中に
「私が妊娠中なのに旦那はよそに女を作って・・・」
と話された事があり、その話が本当かどうかは分からないが、辛い思いをしたのかもしれないと思い、、ご主人の話題は避けていた。84歳でも頭の中では妊娠するのねと不思議な感覚だった。


 今日はツ子さんの中ではご主人が居る事になっている。
 その後もセンサーを頻回に感知し、ツ子さんのイライラも収まらない。遅出職員が帰る間際に、9時位までなら息子さんに電話してもいいみたいよと言い残して帰ったので、初めて電話してみた。


 留守電だったのでメッセージを残し、目の前のツ子さんに代わると
「もしもし、○○(息子さんの名前)」と言い、
「・・・なんか変」
と私に受話器を返した。録音時間が終わっていたが、ツ子さんには留守番電話という事が分からなかったようだ。時間的にその声が録音されたかも怪しい。

 それでも、「今、留守番電話にツ子さんの声が録音されたはずだから、息子さんから折り返し電話がかかって来たら必ずツ子さんにお知らせします」と伝えた。
 それだけでかなり落ち着いた様子だった。
 
 息子さんの存在は薬以上の効果を発揮する。

 15分位経って電話がかかってきた。受話器を持つやいなや、
「あんたが死んだっていうからびっくりしてかけたのいね。」
 
 ・・・傍で聞いてるこっちがびっくりするわ。電話の相手を誰だと思っているのか。
 死んだ人に電話かけるかい!
 かかってきてもびっくりだわ。

 突っ込みどころ満載の電話だったが、お陰でツ子さんがようやく落ち着いて横になった。

 その後1時間おきに部屋をのぞくと「何?起きてるよ」と言う。
 
 11時過ぎても眠れない時の為にと、頓服で眠剤が処方されている。
 体を起こして飲みながら、
「さっきは電話してくれてありがとね。」
 と、3時間経っていたがしっかり覚えている。

 その後朝までぐっすり眠った。

 
 息子さんに助けられた。
 この対応が良かったのかどうかは分からない。
 自分の力不足も感じる。頑張っても、息子さんの一言の方が格段に効果がある。

 毎日毎回、試行錯誤しながら介護している。
 一日が終わる時「今日もいい一日だった」と安心して眠りについてほしい。

 いい方法があるなら教えてほしい。